聖遷暦1213年。偽りの平穏に満ちたエジプト。迫り来るナポレオン艦隊、侵掠の凶兆に、迎え撃つ支配階級奴隷アイユーブの秘策はただひとつ、極上の献上品。それは読む者を破滅に導き、歴史を覆す書物、『災厄の書』―。アイユーブの術計は周到に準備される。権力者を眩惑し滅ぼす奔放な空想。物語は夜、密かにカイロの片隅で譚り書き綴られる。「妖術師アーダムはほんとうに醜い男でございました…」。驚異の物語、第一部。
侵掠したフランス軍壊滅の奇策、「読む者を狂気へ導く玄妙驚異の書物」は今まさにカイロの片隅で、作られんとしている。三夜をかけて譚られた「ゾハルの地下宮殿の物語」が幕を閉じ、二人めの主人公がようよう登場する頃、ナポレオンは既にナイルを遡上し始めていた。一刻も早く『災厄の書』を完成させ、敵将に献上せねばならない。一夜、また一夜と、年代記が譚られる。「ひとりの少年が森を去る―」。圧巻の物語、第二部。
栄光の都に迫る敵軍に、エジプト部隊は恐慌を来し遁走した。『災厄の書』の譚りおろしはまにあうのか。奴隷アイユーブは毎夜、語り部の許に通い続ける。記憶と異界を交差しながら譚りつむがれる年代記。「暴虐の魔王が征伐される。だが地下阿房宮の夢はとどまらない―」。闇から生まれた物語は呪詛を胎み、術計は独走し、尋常ならざる事態が出来する!書物はナポレオンの野望を打ち砕くのか??怒涛の物語、第三部完結篇。かつてカイロで暴虐の限りをふるった王がいた。民は苦しみ、国は荒れ果て、遂にたまりかねた王の妹がある本を王に贈る事にした。その書の名は”災厄の書”。一度読んだ者は書物の世界に魅了され、現実世界への関心を一切なくしてしまう希代の物語集。残虐な王も、この書によって謎の失踪をとげ、国には平穏が戻った…。
時を移して聖遷暦1213年。平穏に思えるカイロに危機が迫っていた。ナポレオン率いるフランス軍。愚鈍なベイ(首長)達はこれに気付くこともなく、気付いたとしても近代戦争の何たるかを知らない旧弊的なエジプト軍は、己の力を盲信しフランス軍を侮っていた。
そんな中一人のベイだけがその嗅覚で危機の匂いを感じ取っていた。その名はイスマーイール・べイ。23人いるベイ達の中でも3,4番手の権力を持つ実力者。イスマーイール・ベイは、フランス軍に対抗するべく子飼いのマムルーク(奴隷の支配階級)・アイユーブに対策を考えさせる。
聡明なアイユーブは、主人に言われる以前より対策を練っていた。”災厄の書”。かつてこの国を救った魔力的な力を持つ書物。書物を愛するナポレオンにこれを贈呈し、相手の頭をつぶし、起死回生をはかろうというのだ。
今は無き”災厄の書”を再現するべく探し出されたズームルッド。伝説とまで言われた夜の語り部である。早速エジプト随一の書家を用意させ、ズームルッドが語る物語を一冊の本にする作業が始まる。
その物語は『もっとも忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約の物語』、『美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語』あるいは『呪われたゾハルの地下宝物殿』と呼ばれている。
ズームルッドが夜毎に語る物語。1000年にも及ぶ因縁と、運命に招きよせられた、一人の醜い王と美しい捨て子の若者の三人によって紡がれる砂の年代記。聴衆を魅了せずにはいられない、その内容と語り部の妙。やがて物語は現実を侵食し始め、すべての境界は曖昧となる。夢と現、物語と現実、過去と未来。フランス軍の侵攻とはまるで無縁であるかのようにズームルッドの語りは続く。
果たして”災厄の書”は完成するのか?ナポレオンを幻惑し、フランス軍を撃退することは出来るのだろうか?
夜が朝(あした)に代わり、朝が夜に変わる。
そして夜は訪れる。
再読です。こないだ読んだ
「黒い悪魔」で、フランス側から描かれたエジプト侵攻のお話が第二章では大きくとりあげられていました。対照的にこの「アラビアの夜の種族」という本は、フランス軍の侵攻を語りの力で防ごうとする”夜の種族”のお話です。フランス軍に侵攻されるエジプトを描いたのが外の物語だとすれば、”夜の語り部”ズームルッドが語る”砂の年代記”が内の物語。物語の中で物語が物語られています。
古の栄光にすがり付いているだけの旧弊的なエジプト軍と、飾り気はないが布陣も戦法も洗練されている近代的な軍隊であるフランス軍。普通に考えればエジプト軍に勝ち目があるわけがありません。それなら普通じゃない手段で相手に付け入るしかない!というわけで希代の物語でナポレオンを篭絡して頭を潰してしまおう!この物語の外の主人公・アイユーブはそう考えました。こんな風に身近にあり、抽象的なものを武器にしようというのが古川先生らしい。「沈黙」の作者だけはあります。
そしてズームルッドが語る内の物語。聞くものをとりこにする、壮大で、波乱万丈な、正に夢そのもののような物語。悪夢を体現したか如き迷宮”阿房宮”で繰り広げられる醜い最強の妖術使い・アーダムが織り成す挿話から始まり、アーダムが眠りについてから1000年後に生まれる、天性の体術で王家の霊剣を自由自在に操る剣術使い・サフィアーンと、真っ白な肌と髪を持ち、人外が持つような闇を纏う魔術使いであるファラー、二人の美しい捨て子のそれぞれの出生秘話、そしてアーダムとサフィアーン、ファラーの運命的な邂逅によって繰り広げられる剣と魔術、魔術と魔術の戦い。
次第次第に内の物語は外の物語と混ざり合う。聞く者たちはやがて夜毎の物語を渇望し、フランス軍に怯える民衆は、わずかな希望をその物語にかける。そして語りが終わる頃、聴衆であったアイユーブもその身を物語とし、語り部はそれすらも物語として後世に伝えいく。残すために語る。語れば残る。物語とはそういうもの。
壮大な物語と、装飾的で豪華な文章とがあいまって何ともいえない官能的な雰囲気が流れ出します。希代の語り部が語る物語、とあるだけあって読んでるこちらも思わず吸い込まれそう。正に”物語の物語”といった感じの本です。物語の力をうまく用いて、最後の最後まで読者を幻惑します。
ファンタジーを読むきっかけとなったこの本。やはり何回読んでも面白い。
勝手に評価:
(4.6点) / (5.0点満点中)
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古川さん
古川さんのちょっと過剰なところが、またぴったりはまる物語ですよねえ。
もう、語り、騙りに溢れているのだもの!
おんもらきさんの熱い記事を読んでいたら、また古川さんを読みたくなってしまいました。
翻弄され具合が気持ちいいですよね。
五感もばしばし刺激されるし♪
ところで、プロフィール欄の近況を、いつもひそかに楽しみにしているのですが、お忙しいのでしょうか?
がんばってー(でも、体調にはお気を付けを!)。
| つな | 2007/11/01 23:00 | URL | ≫ EDIT